自社利用ソフトウエア税務の留意ポイント
ESネクスト税理士法人ではこの2月に税理士法人設立後初めてとなるセミナーを「ESネクスト TAX academy」と題して多数のIPO準備会社のCFOや経理担当者様にご参加いただき「自社利用ソフトウエアの税務ポイント」をテーマに開催いたしました。このコラムではその内容の一部をダイジェストにしてお伝えします。
昨年3月の高松国税不服審判所による裁決は会社側の主張を棄却し、自社利用ソフトウエアの研究開発費の損金算入を認めず、これを自社利用ソフトウエアの取得価額に算入するというものでした。IPOを目指すスタートアップの税務に長年関わり、その税務判断に慎重にあたってきた私にとりまして、その取り扱いが明確化された注目すべき重要な判断と受けとめております。
また、この裁決に先立つ令和3年税制においてソフトウエアにかかる税務取り扱いが明確にされたこともふまえ、現在に至るまで申告3期~4期を終えた「自社利用ソフトウエア」によるサービス提供をビジネスモデルにしているスタートアップや上場企業にとっては今後の税務調査で取り上げられることを想定し注視しなくてはならない論点といえるでしょう。
高松不服審判所の判断(高裁(法)令5第6号)
冒頭に述べたこの争点を簡潔に説明しますと①会社側は自社が開発し事業に供するソフトウエアを「市場販売目的ソフトウエア」に該当するものとして製品マスター完成までの段階を研究開発段階であるとし、当該支出を「研究開発費」として損金算入し、製品マスター完成後の支出については製品化段階として資産計上し耐用年数3年で減価償却を行っていました。②一方で税務調査を行った税務署は「利用規約ではウエブペースで営業支援サービスを提供するもの」「利用者はインストールして利用するのではなくもその都度アクセスして利用する」「利用者はソフトウエアの利用に応じ料金を支払う」ということなどからこれを「自社利用ソフトウエア」に該当するものとして、会社が損金処理していた研究開発費は資産計上すべきと主張しました。③国税不服審判所は、双方の主張を詳細検討した結果、「不特定多数のユーザーへのソフトウエア販売やライセンス販売いずれにも該当しない」として会社側の主張を棄却し、会社側が研究開発費としていた部分を含め支出全体を無形固定資産の取得価額とし、耐用年数は5年とする判断を下したものです。
税務調査の現場から
最近の主流であるSaasソフトウエアとベースとして情報やサービスを提供しているビジネスモデルで利用されている多くは「自社利用ソフトウエア」に該当するものであり、会計上は収益獲得または費用削減効果が明らかなもののみが資産計上されることとなりますので、多くのスタートアップでは監査法人の意見もふまえ費用処理されてといることが多数と思われます。会計上はそれで問題ありません。ただし税務上は分かりやすくいえば、保守やバグ取りなど明らかに収益獲得や費用削減効果が明らかにないもののみが損金であって、収益獲得や費用削減効果が不確実または不明なものについても資産計上を求めている、つまり税務上資産とすべき範囲は会計上のソフトウエアより広いことに注意を払う必要があるのです。
とくに、会社側でCFOなど務められる実務経験を積まれた年代層の方はソフトウエアといえば、かつての主流形態であった市場販売目的ソフトウエアの会計・税務の取り扱いに長年慣れ親しんできたため、製品マスター完成までの費用は研究開発費として会計上は費用、税務上も損金と認められる認識でいたり、そもそも自社のSaasモデルによるソフトウエアを市場販売目的ソフトウエアとして認識し、その会計・税務処理を疑いなく適用しているケースもあるのではないでしょうか。
「プロダクト化する前段階の費用まで資産計上する必要はあるのか」「ある程度開発が進んで使えるものになるか分からない段階から資産にしておくのか」「開発現場の実態は市場販売目的ソフトウエアの要素を持ち合わせているのではないか」など会社側の主張に私自身も向き合ってきました。こうした主張や税務調査官への反論に理解できない訳ではありませんが、前述に取り上げた高松国税不服審判所の裁決例を考慮すると、とくIPO準備会社がIPOまで歩みを進めていくなかでこの論点を軽視して税務リスクを先送りにすることは危険であると考えざるを得ません。
法人税は資産の取得が前提
法人税基本通達7-3-15の3が示すところを読み取れば、「次に掲げるような費用の額は、ソフトウエアの取得価額に算入しないことができる」という条文構成からも法人税では資産計上を前提として、「自社利用のソフトウエアについては、その利用により将来の収益獲得または費用削減にならないことが明らかなものに限る」と限定した支出について損金算入を認めています。
ソフトウエアはいうまでもなく無形固定資産である以上、資産の取得について旧来からの税法の考え方は明確であり、ソフトウエアだけが特別なものではありません。分かりやすくいえば、「50万円の備品を取得した」といえば通常「什器備品」に資産計上することに異論はないでしょう。税務の立場からいえば、自社所属の月額給与50万円のエンジニアが1か月開発に要した案件は同じくはじめから資産であるということです。なお通達ではこうした労務費のほかに経費なども含め、間接費の配賦を行い適正な原価計算によって取得価額を求めることを要請しています。
開発に一度着手した以上その段階から資産計上を前提とし、その案件が事業化できないことが明らかな場合、他のソフトウエアの開発に転用ではきない場合などは、一定の意思決定のエビデンスを残し始めて税務上の除却を考慮すればよいこととなり、この点も他の固定資産と考え方は変わりません。
これからの対応
令和3年税制改正は、自社利用ソフトウエアの制作に係る研究開発費を税額控除の対象とする措置が明確にされました。このコラムでは税額控除要件について解説は省略しますが、会計上は費用としながらも今回述べてきたように税務上資産として申告調整した支出についても税額控除の要件に該当すれば税額控除の対象となります。
税務リスクを回避するだけでなく、こうした税額控除を利用するためにも自社利用ソフトウエアについては、開発案件個別に適正な原価計算体制を構築し、申告に備えていく必要があるでしょう。いやそれ以前に、自社のプロダクト開発にどれだけの資本を投下し、いつまでに、どれだけの果実を回収するかは経営判断の根幹となるはずです。これからSaasソフトウエアの活用によって事業の成長を目指すスタートアップには税務上の論点と狭義にとらえるのではなく、利益創出に必須である自身の経営判断のための仕組みであるとこの論点を受けとめその対応に臨まれることを提言いたします。
私どもESネクスト税理士法人はこうした税務申告に必要な個別原価計算体制の整備や運用上の助言にこれまで数多く実績を重ねて参りました。こうしたノウハウをふまえ積極的にご対応しております。
ESネクスト税理士法人 税理士 長谷川 正和